頭文字M 第四話 「赤色灯のワルツ ― アスファルトダンサーSugar Less、その先へ」
夜の帳が降りたTsukuba山の峠道。
乾いたタイヤのスキール音と、甲高いエキゾーストノートが闇を切り裂く。
通称「Sugar Less」
紅いS2000を駆る驚異の新人。
彼は前回バトルで僅差の勝利を収め、その名を峠に轟かせていた。
勝利の余韻に浸る間もなく、彼の心は次の高みを目指し己を追い込んでいた。
まるで能を舞うかの如く、優雅にアスファルトと戯れる様子から
いつか彼についた呼び名は””アスファルトダンサー””
「もっと速く…もっと限界まで…」
彼の目に映るのは、テールランプの残像と、計器盤の針がレッドゾーンに踊る狂おしいまでの光景。
コーナーへの進入速度はさらに増し、タイヤはアスファルトを掴む限界点で悲鳴を上げる。
Sugar LessはまるでS2000と一体になったかのように、路面のわずかな傾斜やギャップを肌で感じ取り、
マシンを意のままに操っていた。
ギャラリーの熱狂的な視線が、彼のドライビングをさらに加速させる。
しかし、その夜のTsukuba山には、いつもの熱気とは異なる、冷ややかな空気が漂っていた。
峠の頂上付近、普段は無人のはずの待避所に、異様な静けさで佇む一台の白い車両。
Sugar Lessはそれがただの観光客ではないことを直感した。
下りの最終セクション、視界の奥に微かに光る赤と青のストロボ。
Sugar Lessの胸に、不吉な予感が走る。
しかし、限界まで高められた集中力と、レースモードに入った脳は、その警告を無視した。
アクセルは床まで踏み込まれ、S2000は直線番長と化したかのように猛然と加速していく。
次の瞬間、彼のミラーに、赤と青の光が大きく映り込んだ。
そして、拡声器から響く、冷徹な声。
「そこの紅いS2000! 直ちに停車しなさい!」
Sugar Lessは一瞬、現実を疑った。
峠のバトルは、警察の介入とは無縁の世界だったはずだ。
しかし、目の前の現実は、彼の理想を打ち砕いた。
S2000はあっという間に追いつかれ、前方に割り込んできたパトカーによって進路を塞がれる。
観念したSugar Lessは、ゆっくりとアクセルを緩め、S2000を路肩に停めた。
サイドブレーキを引き、エンジンを停止させる。
静寂が訪れた車内に、彼の荒い息遣いだけが響いた。
パトカーから降りてきた数名の警察官が、Sugar LessのS2000を取り囲む。
その表情は厳しく、一切の情け容赦がないことを示していた。
「あなた、道路交通法違反で現行犯逮捕します。危険運転、速度超過、共同危険行為…罪状は山ほどありますよ。」
Sugar Lessは、ただハンドルを握りしめたまま、何も言えなかった。
彼の目の前には、冷たい手錠と、失われていく自由の象徴が浮かんでいた。
峠の英雄「Sugar Less」は、その夜、赤灯のワルツを踊ることなく、その輝きを失った。
彼の熱狂的な走りは、ついに許されざる領域に踏み込んでしまったのだ。
逮捕されたSugar Lessに、一体どのような運命が待ち受けているのか。
そして、S2000の未来は…?
※この物語はフィクションであり、登場する人物・団体等は実在のものといっさい関係ありません。
またここに描かれる走行シーンを真似することはしないでください。
車を運転する際は交通ルールを守り、安全運転を心がけてください。