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頭文字M エピソードZERO 始まりの物語

夜の街は、すでに一日の熱を失っていた。


コンビニのバックヤード。

Sugar Lessは制服の裾についた揚げ油のにおいを手の甲で拭った。

レジ締めを終えた指先には、アルカリ洗剤で荒れた感覚がじんわりと残っている。

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「おつかれー。また明日。」


同僚の声は軽く、乾いていた。

その声に返した「はい」という言葉は、誰の耳にも残らない。


ただ、誰も悪くない。

Sugar Less自身もそれを理解している。


名前というものは、呼ばれて初めて形になるものだということを、彼は知っていた。


自転車置き場を抜け、暗い住宅街を歩く。

深夜2時。

街灯はずっと遠くに間引かれて立ち、影は細く、薄い。


Sugar Lessは、ある場所へと向かう。

ただ、それは「帰る」という言葉では足りなかった。


駐車場の端。

そこだけ、赤い鼓動が灯っている。


S2000。


彼が働いて、削って、手放して、また拾って、積み重ねて、

ようやく自分の手で掴んだ“ひとつの答え”。

10年フルローン、頭金無し、所有権付き


「これを俺は求めていた・・・やっと掴んだんだ」

そのドアノブは、いつ触れてもひんやりしていて、そして確かだった。


ドアを閉める音が、世界と自分を切り離す。


キーをひねる。

燃料ポンプの作動音が短く走る。

そして、点火。


エンジンが、低く、深く、目を覚ます。


これは…俺の声だ。


Sugar Lessは、そう思った。


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バイト先では名前を呼ばれなかった。

学校でも、同じだった。


誰かの記憶に残ることはほとんどない。

存在の輪郭が希薄なまま消えていくような感覚だけが、いつも背中に張り付いていた。

このまま自分は忘却の彼方に消え去ってしまうのだろうか?

そんな危機感が日に日に大きくなり、ある確かな思いが浮かび上がった。


「何かを成し遂げたい。たとえ身を滅ぼそうとも。」


だから、ここにいる。


だから、走る。


Tsukuba山までの国道。

ヘッドライトが夜を切り裂くわけではない。

それはただ、Sugar Lessのいる場所を浮かび上がらせているだけ。


峠に着くと、誰もいなかった。


観客も、ライバルも、噂も、称号も要らない。


今夜は、証明だけでいい。


アクセルが踏まれる。

吸気音が鋭く息を吸い込む。


S2000は、吠えない。

ただ、澄んだ声で歌う。


まるで

「ここにいる」

「ちゃんと、存在している」

そう言ってくれているかのように。


Sugar Lessは笑わない。

泣きもしない。


ただ、ステアリングを握る。


その動きは、静かで、正確で、迷いがなかった。


誰も見ていない夜の中で、

彼は確かに“名前を持った存在”だった。


その夜、赤い鼓動は静かに、確かに、世界に刻まれた。


(つづく)


※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは関係ありません。

公道での危険運転や違法行為は絶対にやめましょう。

安全運転とルールを守って、楽しいカーライフを。